デジタル印刷における赤外線乾燥技術の動向

輻射加熱の原理

概要

ヘレウスは長年赤外線ヒーターを取り扱っており、印刷業界でも乾燥プロセスに古くから実績があるが、最近のデジタル印刷の開発には目を見張るものがある。印刷業界全体が不況の中、デジタル印刷だけが伸びていっているのではないだろうか。安価・大量印刷の時代から、少量・高付加でオン・デマンドの印刷へと時代の要求が変わってきているのが背景にあるものと思われる。

デジタル印刷には多くの種類があるが、今回は水性インクジェットに対象を絞って赤外線技術について説明させていただく。

輻射加熱の原理と特長

初めに、輻射加熱の原理を簡単に説明する。赤外線は電磁波の一種で、ある波長を持った光エネルギーである。図1のように光源から輻射された赤外線光は目的物に照射され、その物質の中でエネルギーが共振吸収される。吸収されたエネルギーは分子(または原子)を振動させ、振動させられた分子間で摩擦熱が発生する。これが赤外線加熱原理である。

熱風との比較

熱風乾燥との相違を考えたい。熱風との大きな違いは、光がコート膜の中に入るという点にある。基本的に熱風は表面にしか作用しない。その熱の伝わり方は表面からの熱伝導となる。そのため、どうしてもコート表層から乾燥が始まるので皮張りなどの問題を抱えやすく、おのずと急速乾燥に限界がある。

それに対し赤外線乾燥の場合、赤外線がコート内部まで透過するのでコート全体を同時に加熱・乾燥することができる。もちろん熱伝導のファクターもあるが、熱風と比べると断然加熱速度に優れている。また、空気という媒体を使用せずにエネルギーを目的物に与えられるので、熱風特有のゴミ問題も極端に改善できるメリットがある。

もう1つの特長は、熱風より小さなスペースに大きなエネルギーを投入できることである。理論式から少し考えてみたい。

熱風炉の場合 対流熱伝達:qc=hc・(T1−T2) 式1

赤外線の場合 放射熱伝達:qr=ε・δ・(T14−T24) 式2

q :エネルギー密度(熱流速)(w/m2

hc:強制対流熱伝達率(w/m2・K)

ε :放射率

δ :ステファン・ボルツマン定数

1 :熱風温度、放射源温度(K)

2 :ワーク温度(K)

輻射加熱の原理
グラフ1:エネルギー密度(熱流速:q)の最大値

加熱の方法(対流,伝導,放射)にかかわらず加熱源T1(高温側)と被加熱物T2(低温側)の差がエネルギーの質である。赤外線加熱の放射熱伝達も例外ではなく,放射源から温度の低いワークヘ熱が移動することにより,ワークの温度を上昇させる。媒体を通して熱が移動する伝導・対流とは異なり電磁波の形で熱が伝わるが、温度の差が熱移動の駆動力であることには変わりない。式2を分解すると

q =ε・δ・(T14−T24

=ε・δ・(T12+T22)・(T12-T22

=ε・δ・(T12+T22)・(T1+T2)・(T1-T2) 式3

となるが、式1と比較して頂きたい、(T1-T2)が共通項となる。これから、強制対流熱伝達率:hcに対応する有効放射熱伝達率hrを式に表すと、

hr=ε・δ・(T12+T22)・(T1+T2) 式4

となり、放射源温度が大きなファクターで非常に大きな値となってくる。詳細の算出は省略させていただくが、実ラインベースからエネルギー密度(熱流速:q)の最大値を求めると以下のとおりになる(グラフ1参照)。

熱風の場合 :5~10kW/m2
遠赤外線の場合 :30kW/m2
中波長赤外線の場合 :50kW/m2
カーボン中波長の場合 :100kW/m2
短波長赤外線の場合 :120kW/m2

これから分かるように、赤外線照射では熱風炉よりも10~20倍のエネルギー密度が得られ、乾燥プロセスの短縮の可能性を秘めていると言える。コンパクトな乾燥装置を考えるのであれば、赤外線プロセスは第一候補となってくる。

輻射加熱の原理
グラフ1:エネルギー密度(熱流速:q)の最大値

赤外線ヒーターの種類

一般に工業用に用いられるのは、波長範囲で0.8~5μm、温度範囲で400~2,500℃の赤外線である。日本では遠赤外線と近赤外線という二つの表現が一般的だが、ヘレウスでは自社商品群に合わせてさらに細かく分類している。表1を参照されたい。なお、赤外線の分類方法は業界で統一されておらず、各社が独自の表現をとっていることが多いので注意が必要である。

赤外線放射波長, 強度, 発熱体温度

次に発熱体温度・波長・強度の関係の見ておきたい。赤外線放射波長や強度は発熱体温度で決まる。

c:光速
h:プランク係数
l:波長
K:ボルツマン係数
T:発熱体温度

最大エネルギー波長は式5より得られ、右辺をλで偏微分してゼロになるλを求めればよい。これを整理したものがウィンの変位則(式6)である。つまり発熱体温度(T)が低い遠赤外線ヒーターの放射波長は長く、発熱体温度が高い短波長赤外線ヒーターの放射波長は短いことを意味する。

λ = 2897⁄T= 2897⁄((t+273)) ・・・・・・・・式6

λ :最大エネルギー波長
T :発熱体絶対温度(˚K)
t :発熱体温度(℃)

赤外線乾燥プロセスの実際

理論的な話しは終わりにして、実ラインでのインクジェット乾燥での赤外線ヒーターの導入に話を進めていく。インクジェットと一口に言っても、様々なアプリケーションがあるようだ。機材も紙だけではなく、繊維、電子部品、ガラスなど、その可能性は広がっているように思える。残念ながら全てを対象に説明はできないので、今回は紙ベースの一般的な水性インクジェットを対象に絞って説明させていただく。

赤外線ヒーターの種類による速度の違い

赤外線ヒーターの選択

まずは赤外線ヒーターの種類から考えてみる。インクジェットに限らず、全ての印刷乾燥でまず問われるのは安全性である。紙が燃えてしまわないか。この点が一番の懸念点となってくる。デジタル印刷は工場の印刷機というより、パソコンのプリンター感覚に近づいてきている。操作されるオペレーターも工場作業者ではなく、一般ユーザーへと対象が移ってきているのではないだろうか。誰でも安全に使える事が大前提である。

どんなに強いヒーターであろうと、正常運転中では処理量に見合った熱量を投入しているはずで、紙が所定の温度以上になることはない。しかし、緊急停止など紙が急に止まってしまった場合を考慮しておく必要がある。安全性をどのように確保するか。赤外線ヒーターを緊急時に引き離す方法もあろうが、コンパクト性を失ってしまう。そのため印刷業界では動きの速い赤外線ヒーターが使用される事が一般的である。タングステンコイルの短波長赤外線ヒーターとカーボン赤外線ヒーターは秒単位でON-OFF可能であり、緊急停止時を考えた場合の選択肢である。

はたして波長の違いは出てくるだろうか?短波長赤外線ヒーターは約2000℃であり、カーボンヒーターは1200℃になる。波長としては1.2μと2μの違いがある。これについてはドイツ・ヘレウスから比較実験結果の報告がされている。

同出力の赤外線ヒーターで比較したところ、カーボンヒーターが短波長赤外線ヒーターよりも約40%効率が良かった。これはカーボンヒーターの中波長が水や紙の吸収波長に合っているからと推察される。また、ドイツ・ヘレウスでは圧倒的にカーボンヒーターの導入実績が多い。これはインクジェットだけにではなく、他の印刷やコーティング乾燥でも同じ傾向にあると言えよう。

風の役目

赤外線ヒーターは有効的な手段ではあるが、風なしには乾燥プロセスは成り立たない。赤外線ヒータープロセスでも「風」が大切なポイントとなる。機能性フィルムのコーティングでは、コート面に風を出来るだけ当てたくないという困難な要求もある。しかし、紙ベースの水性インクジェットでは風を嫌うことは少ない。赤外線プロセスであっても、蒸発水分を取り除く・運び去る役目は乾燥風に負っている。風を多く入れれば、乾燥速度が上がる傾向にあることは間違いない。一つの実験結果を紹介しよう。同赤外線プロセス条件で風の量を振った場合の実験である。

ここでの風は室温の風である。大量に入れれば、乾燥炉の内部温度や紙面温度が下がる傾向があるが、それでも乾燥効率は上がっていくのである。乾燥効率を高めようと、熱を乾燥炉に閉じ込める構造は逆効果になる場合があるので要注意である。

それでは、風量を増やすのではなく風を温風に変えるとどうだろうか。これは良く取られる手段で、温風の温度を上げれば乾燥が早くなるはずである。同じく実験結果を示す。

風の温度を上げていけば速度はアップしていく。しかし、温風を発生させるためには追加の熱エネルギーが必要となる。一般的には同じ速度アップを得るためには、風量を上げる方が省エネとなると思われる。

さらに風の入れ方、対象物への当て方でも乾燥効率が変わってくると報告されている。欧州の印刷機メーカでは各社独自のエアーノズルを開発していると聞いている。

また、入れた風を抜くことも忘れてはならない点である。インクジェット印刷機では乾燥用に入れた風がそのまま作業室・装置内に放出されて良いはずがない。排気ダクトを含めた形でコンパクトな設計が求められている。

紙面との距離

赤外線ヒーターと対象物をどの程度の距離にするのが妥当か。遠く離せばヒーターから照射された赤外線エネルギーは拡散していき弱くなる。近ければ効率が上がることは確かであるが、接触の危険性が増す。安全性やメンテナンス性などを含めて判断すべきであろうが、実ラインでは照射距離は50mmが一般的である。

フィルム関連のコーティング乾燥プロセスなどではシート幅も大きくまた乾燥ゾーンも長いので、照射距離の違いの影響はそれほど感じられないが、インクジェット印刷では対象サイズが小さいく必然的に赤外線モジュールサイズも小さいため、照射距離のファクターが形態係数的に大きくなる。ドイツの実験結果でも100mmと50mmの距離の違いで10~20%の効率の違いがみられている。

赤外線放射波長, 強度, 発熱体温度

今後について

弊社でもインクジェット乾燥の問い合わせを頂き、開発のお手伝いをさせていただいているが、今回の説明とは違うコンセプトの場合の方が多い。印刷機のコンセプトに合わせて乾燥プロセスを考える必要がある。

また、最近の赤外線ヒーターに対する要望は、新しい広がりを見せている。技術内容的に見ても新しく・前例がないようなアプリケーションの問い合わせが増えている。それは未知のことに挑戦していく企業の前向きな姿勢の現れだと思う。今後、さらに新しいことへの挑戦が続くと思われる。赤外線加熱の分野だけではあるが、当社では技術ソフト面も提供している。ご利用いただきたい。

(本文はコンバーテック誌2010年7月号に掲載された時点でのものとなります)

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